現代を代表するショパン弾きであり、同時にフランス音楽の名手としても評価の高いダン・タイ・ソンがその両方を披露してくれるとは、ピアノ好きにとってたまらない演奏会だ。
ベトナムに生まれ、ソ連のモスクワ音楽院に留学。1980年のショパン国際ピアノコンクールに優勝し、無名の状態から一躍世界的スターとなった。以来、レパートリーを広げながらも、ナショナル・エディションによるマズルカ全集の録音をはじめ、作品の本質に迫るアプローチでショパンを極めてきた。近年はブルース・リウに代表されるように、彼が育てた弟子がショパンコンクールで評価され、次世代のショパン弾きとして活躍するようになった。
その弟子たちのキャラクターは多様で、ときに新しいショパン像を描くものだが、ダン・タイ・ソン自身のショパンは、気品がありそこはかとなく哀しい、あくまでオーソドックスなスタイル。舟唄、夜想曲、ワルツ、スケルツォで、現代に溢れる刺激的な表現からは一線を画したタイプの、しんみりと心に沁みる音楽を聴かせてくれるだろう。
一方前半はフォーレとドビュッシー。特にフォーレは、ショパンからの影響が濃い初期の夜想曲第1番と舟唄第1番を演奏する。19世紀の作曲家たちの間に流れたものを感じられるだろう。ダン・タイ・ソン持ち前の深みのある弱音、洗練された色彩感は、間違いなくこうしたフランス音楽に似合う。
現在65歳。数年前に話を聞いた際には、年を重ねたことで「技術的な自由が増え、音楽的な表現により集中できるようになった」と語っていた。
ますます円熟を極める今、詩情あふれるこのプログラムでどんな物語を見せてくれるのだろうか。
文・高坂はる香(音楽ライター)