音楽にはどこか、時間を越える旅を可能にする力があるような気がします。
伯爵夫人と恋に落ち、パリの社交界から突然姿を消して、互いに別の旅路を辿って遠く離れたスイスの田舎町で秘密裏に落ち合い、始めた2人の生活。長くは続かなかったその最も幸せな時間に書かれた“巡礼の年”には、20代のリストがその日々の中で触れたもの、感じた希望や不安、幸せや悲しみ全てが、この上なく純粋に、素直に表れているようです。
どんな写真よりも鮮やかに、どんな文章よりも豊かに描かれた彼の心象風景は、楽譜をひらけばいつでもそこに現れます。それらを通して、約200年後に生きる我々もまた、自らの過去、あるいは未来に想いを馳せ、今を生きていることを強く実感するのかもしれません。
北村朋幹